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二重橋の由来

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 当時の江戸城西の丸大手門(左下の画像)が、現在の皇居の正門となっている訳ですが、もともとはこの門のすぐ前に高麗門(こうらいもん)があって、一種の桝形をつくっていました。
 明治21年の明治宮殿造営の際に高麗門は撤去され、現在の渡櫓門(わたりやぐらもん)のみとなり、名称も翌年から正門と改められました。
 手前の木橋(西の丸大手橋)は、明治21年12月に石造の橋に、奥の木橋(西の丸下乗橋)は、明治21年10月に鉄の橋に、それぞれ架け替えられました。
 二重橋の名前は、この奥の木橋(図)が架けられていた部分の濠(ほり)が深く、図のように、橋桁が二重に組まれていたために起こったようで、既に寛政時代の文献にも二重橋という名がみえている。
 宮内庁で使用している名称は、それぞれ「正門石橋」「正門鉄橋」ですが、一般的には、この二つの橋を総称して二重橋と通称されていると考えてよいでしょう。なお、現在ある奥の鉄橋は、昭和39年6月、新宮殿造営に際して架け替えられている。

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